こんにちは。石村淳子です。
[2010.2.8] -[議会だより]
12月7日、枚方市男女共同参画推進条例について「総務常任委員会」に付託され審議されました。私は総務常任委員として審議に参加しいくつかの点について質問市ました。常任委員会始まって以来の議員傍聴者数が多かったのにビックリしました。
私は本条例案がパブリックコメントも55件しか寄せられていないこと。市民参加で作り上げるために説明会やフォーラムを開くなどもっと市民周知を高めるよう求めました。
また企業責任があまり書かれていないこと。苦情処理機関が明記されていないことなど問題点も指摘しました。他の会派からも性と生殖に関する表現問題や文章がわかりにくいこと。子どもを生む自己決定権は女性だけにあるのではないこと。人権ばかりが目について規制が多いこと。など多くの指摘がありました。こうした審議からこの条例案については再度(3月議会)に継続審議することになりました。
[2010.2.8] -[活動トピックス]
議員団主催の子ども育成計画を考えるシンポジウムを開催しました。20人ほどが参加していただきました。教育では子どもの人権が本当にこの育成計画で守られていくのか?現場での対応問題など生の声も聞くことができました。また子育て世代にとってみんなと話合う場である生涯学習センターが非常に利用しにくいことや保育所民営化で待機児童が多く、働きたくても働けない子育て中のお母さんの声なども寄せられました。議員団ではこうした意見をもっと市政に反映するためパブリックコメントに書いてもらって提出してもらうよう呼びかけました。今後の議員団活動にも生かしていきます。
[2010.2.8] -[活動トピックス]
1月5日、新春仕事始め、今年も市役所前で恒例の新春宣伝を行いました。政権が交代して始めての宣伝。今年は連合組合も職員入り口前で挨拶をしています。
負けて入られません。政治を前に動かす建設的野党「日本共産党今年もよろしくお願いします」と大きな声でビラをまきながら挨拶をしました。今年こそ大きな前進勝ち取ろう・・
[2010.2.8] -[じゅんこのホットモーニング]
1月お正月があけても義父母の病院を行き来する毎日が続いていました。義母は2度ほど義父の病院へ行きましたが,目を開けない義父にあきらめたのか一人で暮らすから家へ帰せと何度も大きな声を出すようになりました。病院もこれ以上おいておくことが出来名と言われ、ケースワーカーさんと相談して生野区の小規模特養でお世話になる事になりました。施設につくと義母はまた病院に入院させられたと思っています。そして「なんで私の居場所をあんたらが決めるん。何で家に帰れないのか」と何度も言われ胸が痛みました。ここが義母の生活の場、認知症の義母が何とかみんなと打ち解けてくれれば・・心の中で何度もわびながら施設をあとにしました。
その後何度か施設に電話を入れると義母は元気に車いす生活をしているようです。相変わらず病院だと思って早く帰らないとと言っているようですが、食事もしっかり食べている様子なので少し安心しました。
[2010.2.8] -[じゅんこのホットモーニング]
12月18に大腸がんの手術をしていた義父が手術後1週間が経ちました。一緒に強制入院していた義母が退院したいと何度も言うので12月25日に退院することになりました。高齢の2人暮らしの自宅は大変な状況で、自宅で何とか住めるように午前中私は鶴見区の包括支援センターの方と協力し掃除をしていました。
その途中で、突然夫「義父が退院するのにお金を銀行から下ろしに外出し、銀行で転び頭をうって救急車で運ばれた」と電話がありました。急遽駆けつけると義父は殆ど意識がなく目を瞑っています。呼びかけると反応はありますがつらそうに顔をゆがめています。運ばれた関西医大病院で左側の骨が折れていること。その衝撃により3毛所の出血が右側に見られること.今日明日が山かということでした。ベットに運ばれた義父に「おばあちゃんが心配してるよはよ良くなって帰ろう」と言うと義父の目から一筋の涙が流れました。この日から義父の病院と義母の病院の2箇所を行き来する毎日が続きました。